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<title>～探検部創設４０周年記念登山ご案内～</title>
<description> ★開催場所変更のご案内★下記の場所に変更になりました。日程はそのままです。集合場所は来週中には決めて頂きますので、決まり次第この場でご案内させて頂きます（参加希望者には個別に連絡させていただきます）。決定には参加人数も影響しますので参加希望者は早めに連絡お願いします。※宴会のみご参加の方は自力でテン場までお越し下さい・日時：2009年11月28日～29日・場所：金剛山系縦走（金剛山～水越峠～葛城山）・宿泊地：
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<![CDATA[ ★開催場所変更のご案内★<br />下記の場所に変更になりました。日程はそのままです。<br />集合場所は来週中には決めて頂きますので、決まり次第この場でご案内させて頂きます<br />（参加希望者には個別に連絡させていただきます）。<br />決定には参加人数も影響しますので参加希望者は早めに連絡お願いします。<br />※宴会のみご参加の方は自力でテン場までお越し下さい<br /><br />・日時：2009年11月28日～29日<br />・場所：金剛山系縦走（金剛山～水越峠～葛城山）<br />・宿泊地：葛城山キャンプ場<br /><br /><br />*********************<br />以下旧ご案内<br />*********************<br />2009年11月28日～29日に行われます。この行事は、40周年記念行事の一環として現役生が中心となって計画しています。<br />大盛況だった記念パーティーに続いて、大いに盛り上げたいと思います。<br />当日の集合場所等の詳細については出席希望者に別途連絡させて頂きますので、ふるってご参加お願いします。<br />・場所：金剛山系縦走（金剛山～紀見峠～岩湧山）<br />・宿泊地：越ガ滝キャンプ場（紀見峠）<br /> ]]>
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<dc:subject>　　　　：現役から</dc:subject>
<dc:date>2009-10-30T22:49:13+09:00</dc:date>
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<title>この本この人宮本常一</title>
<description> 菊地　俊雄近代国民国家は国民に共同幻想として歴史を強制します。それは政治機構を中心にした国家の歴史です。しかしその構成員たる人々は必ずしも国家を意識してきたわけではなく、その自然環境に応じたこごの生活文化を持っています（正解には持っていた）。それは我々と生につながったひとつの生物の歴史であり、国家によって隠蔽された歴史でもあります。宮本常一がこの世を去ったのが１９８１年（ちょうど僕が生まれたとしで
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<![CDATA[ <span style="font-size:large;">菊地　俊雄</span><br /><br />近代国民国家は国民に共同幻想として歴史を強制します。それは政治機構を中心にした国家の歴史です。しかしその構成員たる人々は必ずしも国家を意識してきたわけではなく、その自然環境に応じたこごの生活文化を持っています（正解には持っていた）。それは我々と生につながったひとつの生物の歴史であり、国家によって隠蔽された歴史でもあります。宮本常一がこの世を去ったのが１９８１年（ちょうど僕が生まれたとしです）彼はそれまで日本の離島、山村漁村、僻地をくまなく歩き、庶民の生活史に重点を置いた独自の民族学を作り上げました。<br />[忘れられた日本人〕この本の冒頭は対馬の寄り合いの話で始まります。それは我々の祖父や曾祖父の時代、その自然や心象をなまなまと想起させ、決して「忘れられた」ものではないと感じました。そして私にはそれが情報技術によって肥大し、会社社会でしか生きられなくなった現在の（私を含めた）末人達に対する批判の書のように感じられました。それはおそらく私の穿った見方です。しかし彼の手によって描かれた我々の祖先は我々と比べものにならないぐらい貧しいにもかかわらず我々と比べものにならないほど自由で豊かなのです。<br />自由で豊かなはずはない！と思う人もいるでしょう。しかし現代社会の貧しさはこの数十年、芸術、文学、思想、などの分野で何一つ想像的な仕事がなされていないことでも明らかです。芸術の、想像の源泉たる人間ははたして死んでしまったのでしょうか？私はそうは思いません。現代人は忙し過ぎるのです。せめて宮本常一でも読む余裕があれば、、、（完）<br /> ]]>
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<dc:subject>　　　　：文科系</dc:subject>
<dc:date>2009-10-30T22:35:02+09:00</dc:date>
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<title>2009年度春季定例総会のお知らせ</title>
<description> 申し訳ございませんが、コンパの時間・場所が変更になりました。ご注意ください。時間：１９時～場所：養老の瀧*******************★2009/11/22(日) 14:00～　秋季定例総会を行います★多数のご参加お待ちしております。（主将　松原）・	2009夏春季活動報告・	2010春季活動計画・	2010年度新役員紹介・	四回生追い出しコンパ（長瀬「ちゃんこ奄美」19:00頃～）※参加希望者は、現役生又は、事務局までご連絡お願いします。（飛び入
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<![CDATA[ <strong><span style="color:#ff0000"><span style="font-size:x-large;">申し訳ございませんが、コンパの時間・場所が変更になりました。<br />ご注意ください。<br /><br />時間：１９時～<br />場所：養老の瀧</span></span></strong><br />*******************<br /><br />★2009/11/22(日) 14:00～　秋季定例総会を行います★<br />多数のご参加お待ちしております。（主将　松原）<br />・	2009夏春季活動報告<br />・	2010春季活動計画<br />・	2010年度新役員紹介<br />・	四回生追い出しコンパ（長瀬「ちゃんこ奄美」19:00頃～）<br />※参加希望者は、現役生又は、事務局までご連絡お願いします。<br />（飛び入り参加も可能ですが、予約の関係上極力事前に連絡お願いします）<br />※総会は基本的に途中での入室・退室は禁止です。開始時間前に集合お願いします。<br /><br />★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★<br />時間、場所等は当日の都合により変わる場合があります。<br />途中参加の場合は、事前に必ず事務局または現役まで<br />お問い合わせ下さい。<br />★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ ]]>
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<dc:subject>　　　　：現役から</dc:subject>
<dc:date>2009-10-29T20:21:12+09:00</dc:date>
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<title>ウルムチまで</title>
<description> 菊地　俊雄　酒泉に着いたのが朝の5時半である。薄暗い駅前の食堂でシャオロンポウを食いながらさてこれからどうしようかと考えている。食べ終わりバスターミナルに入ると漢族らしからぬ連中がチケット売り場に殺到している。どうやらハミ（ウイグル自治区東部のオアシス都市）行きのバスがあと一時間で出るらしい。これを逃したら今日はこのなにもなさそうな街で一泊である。「ようし！」と心で呟いてみる。うだうだしていても仕
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<![CDATA[ 菊地　俊雄<br /><br />　酒泉に着いたのが朝の5時半である。薄暗い駅前の食堂でシャオロンポウを食いながらさてこれからどうしようかと考えている。食べ終わりバスターミナルに入ると漢族らしからぬ連中がチケット売り場に殺到している。どうやらハミ（ウイグル自治区東部のオアシス都市）行きのバスがあと一時間で出るらしい。これを逃したら今日はこのなにもなさそうな街で一泊である。「ようし！」と心で呟いてみる。うだうだしていても仕方がないウイグル自治区に突入する時が来たのだ！<br />　バスの旅である。上海から北上し北京へ。北京で一か月近く語学学校に通い、そこから河北、内モンゴル、寧夏を彷徨いやっとのことで甘粛までやってきた。殺風景な中華の街と味にとっくの昔に飽きてしまっている。<br />　旅は人。人に出会わなければ慰みは視覚を満足させる景色だろう。酒泉をでてしばらくすると窓外にさらさらとした砂の砂漠である。道の両脇には砂礫の地が続いている。永遠に続く不毛地帯。よく観察していると全く性質の異なる灰色の岩石地帯から砂礫、純粋な砂の砂漠と景色は千変万化している。ただそれらを区別する言葉を僕はもっていない。窓を開ける。空は真空の爽やかな青、日差しがストレートに肌を突き刺している。空気はその一つ一つの粒を几帳面に揃え、呼吸するたびに肺を洗うようだ。うとうとと眠気が襲う。<br />　ハミの街に降り立った時新鮮な感動に包まれた。単純に町を構成するすべてが漢族の町とは異なっている。日差しと空気が作る街路樹の色合いも混じりけが無く心地よい。まあとりあえずねぐらを探すことにする。バスの駅の正面に招待所らしきものを見つけ、そこのオヤジに話しかけると全く漢語が通じない。ウイグル族である（たぶん）まさしく異国情緒。親父はすかさず奥の奥さんを呼びに走っている。奥さんは片言であったがなんとか意思が通じ早くも宿の確保に成功である。しかしである。中国人でないことを告げるととまどい始めるのである。少し待てというので待っているとどこかに電話をかけている様子である。いやな予感、面倒くさい予感である。案の定10分もせずにパトカーである。話せば解るはずと、とりあえずどういう状況なのか警官に聞いてみる。「・・・・・」警官　予想外にうむを言わせずパトカーに押し込められてしまう。まさか警官まで漢語ができないとは、、、無言のままパトカーは走り始めるのである。<br /> いちゃもんをつけられて金を取られるかと思いきや、どうもこの前のデモでウイグル自治区全体が敏感になっているだけらしい。（あと警察が法律を知らないのと暇つぶしもあるだろう）署長室らしき所で事情を説明する。机の隅にデモの対策についての書類が無造作に置かれている。治安を任せるには不安な連中だ。が、どうにか話は通じたようだ。ホテルに移されそうになったので金を持ってないことを何度も強調して無事さっきの招待所で話がついた。パトカーでさっきの場所まで送ってくれるのである。宿に着くと親父はえらく恐縮しハミウリを振舞ってくれる。・・・！強烈な甘さである。腹が減ったので近くの食堂で炒面（スパゲッティーのようなもの）をたのむ。・・・！めちゃくちゃうまい。ウイグル料理は元々上手いがこんなに上手いのを食べたのは初めてである。腹も膨れたので宿に戻る。電気を点けるとスイッチが爆発。めんどくさいことが多く起こる日だと思いながらそのまま目を閉じた。<br />　次の日の朝ウルムチ行きのバスが出発するのが夕方なのでそれまでは暇つぶしである。大きな町ではないのでとりあえず歩く。5キロ10キロなら苦ではない。歩きぐせがついているのである。滾々と水路に透明な水が流れている。日陰に入るとヒヤッとするほど涼しいのである。でかい通りに出る。銀行があるので両替しようとするとウイグル時間とかで午後始まるのが16時とのこと。それまでインターネットで暇をつぶす。が、ネットが繋がらない。ネットやのねーちゃん曰くあの暴動以来ウイグル自治区全体ネットは閉鎖されているのだとのこと、、、、まさかと思い電話を掛けてみる。どうも海外への電話もできない模様である。別に日本に電話をかけることもないし、ネットだってたまにしかやらないのでできなくても支障はないのだが、、、気持ちのいいものではない。両替をしバスの駅に向かう。途中ウイグルの小学生に囲まれる。彼らの話す流暢な漢語が急に残酷なもののように思えてくるのである。それにしても伸ばしたままになっている髭がとても印象がいいようだ。昨日も警察署のおばさんに褒められたばかりである。<br />ウルムチ行きのバスは意外に人がまばらである。着くのは明日の朝なのでベット型のやつである。バスが出発してしばらくするとウイグル族的エンターテイメントのビデオが始まった。はじめに漫才、喜劇があり、最後は大物歌手の歌でしめる。モンゴルのエンターテイメントと全く同じである。みんな楽しそうにそれを見ている。それにしても遊牧民というのは本当に心の良い人たちである。宿のオヤジもそうだったが、想像を絶する純朴さなのである。この人たちを見ていると人間は信じるに足るものであると思えてくる。しかし黄河、長江流域の漢族を見ていると人間というのは信用してはならないと思えてきてしまうのである。歴史と生活の複雑さが人間をあざとく変えていき、いつの間にかそれに見合う道徳を勝手に作り出すのだ。モンゴル族もそうだったが純粋なる魂は世俗において必ず敗北するのだ。ビデオの中のウイグル歌手のメロディーが妙に哀しく聞こえている。漱石ではないが、どこに越しても無駄だと悟った時に詩がうまれて画ができる。ただ純粋なる魂の勝利を理想の中で歌い、刻むだけでは寂し過ぎるとも思う。<br />　朝である。まだ暗いが外には大きなビルが無数に林立している。ウルムチに着いたのだろうが、予想外の都会にびっくりしてしまう。それにしてもさっきからほろ付きの軍用トラックがあちこちを走っている。よく見ているとその中から銃を構えた兵士が次々に降りはじめ、街角に整列し始めるのである。それも一カ所や二か所どころではない。バスターミナルに着くと正面に２～３０の兵士？である。物騒甚だしい。甚だしいのでそこを去って、宿探しである。荷物を置いて早く動き回りたい。100メートルぐらい行くとまた兵士である。記念にと、写真を撮る。と兵士が怒ってこちらに向かってくるのである。カメラを取り上げられデジカメの写真データを消されてしまう。銃を持っているからといって調子にのっているのである。怒り心頭であるがとりあえずは宿と飯だと自分に言い聞かしてその場を離れるのである。<br />一泊30元（一元は１５円ぐらい）のユースホステルを発見。バックをおいて飯を食いに行く。成都料理、重慶料理、東北料理、、、だんだん怒りがこみ上げてくる。何を好んでウルムチまで来て中華を食わねばならないのか？目抜き通りを北上していくとビル群の合間に朝市が立っている。ウイグルの異国情緒もくそもない。漢族が野菜だとか揚げパンだとか、鮒なんかも売っているのである。ここでは漢民族からは絶対ものは買わないぞ！と心に新しい決意である。ついでにできる限りウイグル語でいくことにする。しかしそうなると行く場所がない、、、たまたま見つけたウイグル族のクッキーを買って小腹を満たすのである。よく見ると傍らに中華風の公園が建っている。だいたい新疆ウイグル自治区などという名称がおかしいのである。新疆ウイグル偽自治区が適当だろう。<br />次の日。今日は駅を偵察しに行くことにする。大通りを北上していく。途中黄鶴楼を模した新築のビルの前で爆竹が鳴り渡る。よく見ると僕でも知っている北京ダックの老舗である。この時期に、明らかに意図的な中華文化の誇示である。無神経極まりない。<br />ウルムチ駅は人でごった返している。ここももちろん厳戒態勢である。いちいち駅の中に入るのにボディーチェック、身分証も提示しなければならない。<br />帰り際壁新聞に人が群がっている。新聞の内容は例のデモのことである。世界ウイグル会議のラディアカーディル女史が嘘をついているとか、偽写真を使ったとか、程度が低いこと甚だしい。（テレビはさらに酷い）<br />例の通り歩きぐせがついているので博物館に歩いて行ってみることにする。ここにもやはり武装兵が門を固めている。ようし！と思いカメラを構える。さっそく兵隊が掛けてくる。撮ってはいない。またカメラを構える。「この博物館を取りたいだけなのだけれどどうしても入ってしまうんです」僕。「入らないようにとれ」兵士　わざと長い時間をかけて取りたくもない博物館をパチパチと撮るのである。自分でも大人げないと思いながらも嫌がらせでもしなければやってられない気分である。<br />　ウイグル人の多く住んでいる場所に大バザールというものがあるというので行ってみることにする。デモがあった場所の近くである。近くまで行くとウイグル族（その他の少数民族もいるのだろうが区別がつかない。）観光客向けの店が入ったアラブ風のビルが一棟二棟あるが中に入ると流石にガランとしていて客は僕だけである。それでもやっと漢族地帯から抜け出せた心地である。帰りに町の中央にある紅山にも登ってみることにする。町の中央にあるこの小山の上には漢風の塔がたち、この町を一望することができる。町の象徴ということだが、その事実自体がここがたんなる漢族の植民都市にすぎないことを表している。<br />　ウルムチを去る汽車の中、中国の新聞が日本の民主党の勝利を伝えている。鳩山さんの写真がでかでかと一面である。政治が問題なのではない、有限な時間の中で自分に何ができるだろうか？漢族の中国語教師にウイグルのことについて尋ねると「あの人たちは暴力的で野蛮」　というだけだった。大学をでたエリート階級の意見である。情報操作によってそのようなイメージを植え付けているのである。さらに恐ろしいのは漢化政策によってこの世からウイグル人を抹殺しようとしていることである（これは他の少数民族も同じである）人間は進歩などしていない。進歩的歴史観など誰が作ったのだろうか？我祖国はと言えばキチガイじみた大企業社会の中で奴隷への道をひたすら突き進んでいる。エコノミックアニマルとはいまや褒め言葉である。戦後から日本の生活は進歩しただろうか。パソコンなど、プラズマテレビなど、なくても人間は生きていくことができる。現にモンゴル人は何もなくても誇り高く生きていたではないか。経済とかいうもののために、巨人に対して誰も何も言わなくなる日は近い。<br />経済など、、人間は必ず死ぬのだから、美しく生きることのほうが尊いのではないだろうか。しかし今は新しい街に行くことである。今はこの好奇心に身を任せ未見の世界を見ることしかできない。そう自分に言い聞かせてみる。<br />おわり ]]>
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<dc:subject>　　　　：海外</dc:subject>
<dc:date>2009-10-29T20:18:21+09:00</dc:date>
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<title>鯖街道強行軍</title>
<description> 菊地　俊雄　神戸から上海行きの船が出る。しばらく関西をふらつくのもわるくない。ふらつくならば和歌山あたりの海岸線で魚を釣りながらタコを突くのはさらにわるくない。初夏である。揺れる海面と魚群、タコとビールが頭をかすめる。「しばらく関西をぶらぶらしようと思いまして、北山に登って、海釣りなんかどうでしょうか？」僕　「それなら、あれやな、、北山登って、鯖街道歩いてそのあと敦賀湾で素潜りやな」京都府在住のI
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<![CDATA[ 菊地　俊雄<br /><br />　神戸から上海行きの船が出る。しばらく関西をふらつくのもわるくない。ふらつくならば和歌山あたりの海岸線で魚を釣りながらタコを突くのはさらにわるくない。初夏である。揺れる海面と魚群、タコとビールが頭をかすめる。<br />「しばらく関西をぶらぶらしようと思いまして、北山に登って、海釣りなんかどうでしょうか？」僕　<br />「それなら、あれやな、、北山登って、鯖街道歩いてそのあと敦賀湾で素潜りやな」<br />京都府在住のI先輩である。<br />「鯖街道？と言いますと？」僕<br />「なんや知らんのか、一日七十キロ、二日で日本海や」I先輩<br />いやな予感である。しかし七十キロが一日の移動距離としてどういうものなのか見当がつかない。<br />「そんならそういうことで。」I先輩<br /> <br />　7月1０日朝六時半京都駅、北山は無理があるということでカット。京都駅から敦賀湾を目指しそこでD先輩と合流して夜釣り。次の朝素潜りでタコを取るという計画。この京都から敦賀までの道がいわゆる鯖街道である。(鯖街道敦賀道）道順はとりあえず大原を目指しそこから滋賀を経て福井に入る。今日は地図上にある滋賀と福井の県境近くの道の駅までの予定。そこに辿り着かなければおそらく真っ暗な山中の道で夜を越すことになる。<br />縮尺の大きなgoogleマップをコピーしただけで距離もくそも目分量である。指の間隔で測っておそらく七～八十キロ。それがどのくらいのものなのか未だわからない状態である。まあとりあえずの出発である。<br />　まだ梅雨も明けきらない七月の空、歩きはじめるとすぐに、雨である。それでもまあ京都の街を北上していく。京都御所の外縁を砂利道を楽しむように歩いて行く。学生やサラリーマンの通勤、通学姿に古都の街の優雅さを羨む心境である。それでも京の町は狭い。しばらく歩くと山々がもう国道を圧迫し始める。ぽつぽつだった雨が篠突く雨へと変わっていく。しばらく八瀬の駅で雨宿りである。いかに雨が降ろうともI先輩の辞書に退却という文字はない。タコと海とビールのレジャーが遠のいて何時の間にやら何やら求めて徘徊する修行僧の心境である。頭にタオルを巻きつけて行く。ダンプカーが水たまりを弾く音が何とも切ない。<br />それでも大原に入ると雨も止み、恐らくしばらくはおさらばであろうコンビニで少し早い昼食である。ひざ丈ぐらいまで伸びた稲がみずみずしく風の道を示している。道からのぞく、大原の家々が少し上品に見えるのは京都だという先入観だろうか。しかしここまで歩くとさすがに人間の足で一時間にそれほど歩くことができないということに気が付いてくる。そしてI先輩の無謀な計画にもようやく気づくのである。そういえばI先輩は道すがら、「六万歩や、六万歩、今のところの記録はな、、、」<br />と言っていた。これはもう間違いなく新記録を狙っているのである。そこに巻き込まれたと考えて間違いなさそうである。<br />歩かなければ進まない。森に囲まれた狭い道をたいした用もないくせに車が行ったり来たり。その度に集中力を削がれるのである。京都と滋賀を隔てている山脈をくねくねと上る。なるほど地図通りだと体で感じるのである。<br />痛みは体が摩耗した警告である。足の付け根が膝が足の裏が、痛くなってきた。歩くだけなら何時間でも行けると自負していただけにショックである。瞑想の徒歩から覚めると決まって痛みに気づくのである。<br />「そろそろ小休止でもとりませんか？」僕<br />「なんや限界か？」I先輩<br />「いや、余裕ですが、、、」僕<br />変な意地の張り合いでなかなか小休止はやってこない。それでも朽木村に着いて神社の石段に倒れこみしばし休憩をとることになった。足がもう歩くなと言っている。ふと横を見るとI先輩もかなりのダメージを受けているようである。I先輩の倒れたところが今日の終着点になるだろう。もう地図を見るのも時間を見るのも無駄である。朽木村、日も傾きかけたころである。<br />田園地帯に道が続く。日は落ちて、重々しい深緑の揺れる音が聞こえている。道標のキロ数に一喜一憂しながら道の駅朽木新本陣に到着である。もうすでに営業を終えている。もうだめどころではない。そんなことすら考えられない一つの宿命的な強行軍である。<br />闇夜の山道をあるくこと一時間、時折通る車のためにヘッドライトを強調し、足を引きずりながら自己逃避に暮れている。夜も深まっている。暗闇にホタルがチラチラと舞う。立ち止まり目を凝らすと谷川と影だけになった杉山にチカチカと広く広がっていく。いやよく見ると二つの光る眼である。高い声を上げ一目散に逃げていく鹿の群れである。十メートルも歩かないうちにキンキンキン鹿たちが逃げていく。そのあまりの多さに恐怖すら感じるほどである。<br />希望の光が見えた。今日の目標の道の駅。もう零時近い。何時間歩いたかなんてそんなことは考えない。痛さと眠気から解放される時が来たのである。なんと仮眠室らしき施設まである。<br />「さあもう少しや」I先輩<br />「へ？」僕<br />「あともう少しで１０万歩や」I先輩<br />まだ短い人生しか生きていないが、その中で尊敬する先輩はたくさんいる。しかし忍耐力と集中力に関していう限りI先輩はずば抜けてすごい。例えそれがレジャーでも我慢大会に変わるのが常である。新目的地たる小浜線の某駅に着いたとき丑三つ時を軽く超えていた。到着祝いに酒を飲むと僕はもう衰弱死寸前である。しかしである。その尊敬すべき大先輩は驚くべきことに万歩計の針をマックス１０万にするために駅の周辺を歩き続けているのである。恐らく４時近くまで、、、僕はもう何も覚えていない。<br />　次の朝七時、痒さで目が覚める。駐車場にごろ寝である。起きだしてみて、これはもうだめだと自覚症状があった。もちろん足である。I先輩も虫の息である。それでも起きだし、足を引きずりながらまた僕たちは歩きだすのである。<br />無理やり足を運ばせながら僕はI先輩の歩くことに関するここ最近の情熱の傾け方のことについて考えていた。やはり万歩計なのだろうか？一瞬脳裏を掠める邪推。いやもっと崇高な目的があるはずとすぐに打ち消すのである。<br />もうやせ我慢などできる状態ではない。僕は歩いているうちに苦痛の臨界点を突破し<br />「小休止をとりましょうか」<br />ついに言葉にでてしまった。将来の足が心配なのである。I先輩も今回ばかりは何も言わない。歩き続けることのできる足の痛みの限界は３～４キロである。そのたびに小休止、大休止をとるのでなかなか距離を稼げない。それでも腹は減るので途中の鄙びた定食屋でソースかつ丼なるものを食べる。これがまたまずい。まずくてもまだ数十キロ残っている。<br /> <br />　ここまでくるとこの先は、歩いて、足が痛くて、歩いて、足が痛くて、でもがんばって歩いて敦賀の駅までたどり着きました。としか書きようがない。それしかないのである。敦賀まで着いてD先輩と合流し夜釣りをして、次の日素潜りに明け暮れた。そしてその後僕ひとり船で中国へ。大地を踏みしめるとき右足の外側に痺れと鯖街道の思い出が今もまだ残っている。	　　　　おわり<br /> ]]>
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<dc:date>2009-10-29T20:16:37+09:00</dc:date>
<dc:creator>倶在野-Explorers-</dc:creator>
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